第一の生 (1/3) ロス作
紀元前50年代 ガリアの森の中で

「あれはもう、2000年も前のことになるかな。」
「えっ、あなたはそんなにお年寄りなの。」アネミーはびっくりしてききかえします。
「はっ、はっ、はっ。」シープルは壁のガラスが全部こわれてしまうかと思うような声で笑いました。
「私たち猫は八回生まれ変わって九つの生涯をもっているんだよ。だから、おまえのミヌーも、次もおまえのような優しいご主人に出会えるだろうさ。」
アネミーは、ミヌーのことを思い出して、又ちょっぴり涙が出そうになりましたが、もう話が聞きたくてうずうずしています。
「さあ、それじゃあ、最初のご主人の話をはじめるとしよう。」

    *   *   *   *   *   *


シープルの最初のご主人はジッタとオーリンという姉弟でした。ジッタはアネミーと同じようにブロンドの髪をしていて、生まれてから一度も切っていませんから、膝まで伸びています。二人がシープルにはじめてあったのは、ジッタがアネミーと同じ歳くらいの頃でした。部族をまとめる長の父親が、子猫のシープルを二人に買ってやったのです。シープルを育てることが、二人の、特にお姉さんのジッタの最初の仕事になりました。

このガリア地方(フランスから、ベルギー・オランダにかけての広い地域)の子供たちは、男も女もみんな裸同然のかっこうで、森の中を走り回っていました。大人たちが仕事をしている間も、森の中からはしゃぎ声がいつも聞こえています。授業も宿題もお仕置きも何もありません。ヨーロッパのケルト族(今の人たちよりも前にガリア地方に住んでいた民族)はみな、子供は10歳になるまでに強いからだと精神を持たなければならないと考えていましたから、ケルトの子供は皆、真っ黒に日焼けして髪もぼうぼう、たくましい野生児のようでした。10歳になると男の子は大人たちと一緒に狩りに出かけたり、戦いかたを習いはじめたりします。女の子は、森の木の実を探したり、家畜の世話をしたり、家事を手伝います。子供たちの自慢はほうびとしてもらう銅で出来た首輪、腕輪などで、祭りの時に着飾って見せ合うのです。


ジッタが生まれた地方は特にベルガエと呼ばれ(ベルギー国の名前の由来です)、全体が深い森に覆われていました。ジッタの村もそんな森の開けた場所に、土と木で出来た家が寄り添ってありました。村人も合わせて100人をやっと越えるくらいです。森は全てのめぐみの元です。ジッタの村の近くにはとりわけ大きな樫の木がありました。1000年も経っているようで、石のように堅い木は秋になるとどんぐりをたくさん落とすので、村のイノシシたちは大喜びです。まだキリストも生まれていない頃、うっそうとした森に住む人たちは、敬けんな気持ちから大木や動物を神としてあがめる習慣をもっていました。ベルガエの人たちはこの樫の大木を神聖な木として「WODAN」と呼んでいました。そして、最高位の女神「FREYA」に仕えるといわれた猫が、動物の中では一番大事にされたのです。もちろん生活の中でも、猫は大切な作物の大敵ねずみから穀物を守ってくれる大事な動物です。飼い猫が最初のネズミを捕ったときには、家の中はお祭り騒ぎになるほどでした。
さて、ジッタも大きくなり、シープルも村一番の猫の大将になっていました。ジッタもシープルの世話よりも母親の手伝いが忙しくなってきました。仕事をしながらジッタが考えるのは、自分の将来のことです。村をまとめる族長の娘には、いくつかの道がありました。近隣の他の部族長の息子と結婚し、部族を大きくすることも出来ます。女神「FREYA」の巫女となって、神と人々の橋渡しをすることもできます。そして、三つ目として、人々の病気やけがを治す治療師の道に入ることも出来るのです。ジッタには三番目の道が一番価値があるように思えました。でも、治療師になるためには、厳しく長い長い修行が待っています。たくさんの草や木の根の効能を知って、乾かしたり粉にしたりする方法も勉強しなければなりません。もうシープルと遊ぶ時間もなくなってしまうでしょう。ジッタは12歳になっても、決心が着いていませんでしたが、両親は何も言いません。自分で決めなければならないのです。

弟オーリンもまた、同じように迷っていました。男の子なら兵士になって勇敢に戦い手柄を立てることを夢見ますが、オーリンは小さいときから、鍛冶職人の仕事に魅せられていました。鉄や銅の固まりから、器や飾りが出来ていくのは魔法を見ているようです。でも、部族長の息子として兵士以外の道を選んでいいものでしょうか、ジッタ以上に悩んでいるのです。

そんなある日、二人の父親は部族長の集まりに出かけて行きました。大部族をまとめる大将を選ばなくてはなりません。その当時、ガリア地方にはそれまでにない大変なことが起こっていたのです。アルプスの南から、一度も負けたことのない大きな軍隊が押し寄せてきたのです。抵抗する部族はすべて力でねじ伏せられ、人々は奴隷として連れ去られると噂されていました。そうです、あのシーザー率いるローマ軍がいよいよガリアに入ってきたのです。
父親は集まりから帰ると、部族の全員を呼び集めました。そして、ガリアの大将軍には名高いウェルキンゲトリクスが選ばれたことを告げました。誰もがその名を聞いたことがありました。体は誰よりも大きく勇気と力と気高さにあふれ、見るものに神「WODAN」そのものかと思わせるその人です。さあ、これから大人の男たちは皆戦争に出かける準備を始めなければなりません。みんな家に帰って、武器の点検をはじめ、引き車には食料品などを詰め込みます。村全体が殺気立ってきました。

ジッタの家でも、父親は剣とかぶとをみがき、長である者が乗る二輪戦車の手入れをはじめました。きらきらする光を見ながら、オーリンは決心して、父親に近づいて言いました。
「僕も行く、僕も兵士になりたいんだ。」
10歳のオーリンのこの決心に父親も母親も決してうれしくはありません。でも、自分の将来は自分で決めるものです。父親もオーリンを連れていくことにし、荷車を引く牛たちの世話をさせることにしました。

準備が整うと、いよいよ出発です。巫女は男たちの勝利を女神「FREYA」に祈ると、村全体が見守る中を一軍は出発していきます。ジッタとシープルも父親が、友達の父親や兄たちが兵士の身支度で勇ましく出発するのをじっと見ていました。その一番最後に荷物のたくさん載った荷車を牛に引かせながら、小さなオーリンが並んで歩いて行きます。ジッタは我慢できずに裏の森にかけだしていきました。
大きな涙がぽたぽたおちています。
「オーリンのばか。10歳のおまえにベルガエが救えるわけがない。ああ、きっと戦いでローマ兵に殺されてしまうんだわ。もっと早くこの決心を知っていたら、太ももにナイフで傷をつけてやって、それがどんなに痛いか教えてやれたのに。そうしたら、こんな馬鹿な考えはしなかっただろうに。お母さんだって、心の中できっと泣いている。」
もうどうしても、涙は止まりません。シープルはジッタのひざの上に飛び乗り、やさしくのどを鳴らしてやりますが、どうしようもありません。シープルはこんなに悲しそうなご主人を見たことがありませんでした。

その時、ふとシープルの頭の中でひらめきがありました。そうだ、僕たち猫は、ガリアの人たちを守るために女神「FREYA」から差し向けられたのだった。僕がオーリンを守ってやらなければ。必ず守ってやる。のどを大きく鳴らして、このことをご主人に伝えると、ひざの上から飛びおりて走り出しました。ジッタにもシープルの気持ちは通じました。女神「FREYA」は、みんなを守ってくれるに違いありません。

シープルはすぐに村の軍隊に追いつきました。そして誰にも分からないように、そっと荷車の中に忍び込みました。
「何があっても、オーリンから離れないぞ。」揺れる荷車の中で、シープルは固く決心していました。


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