第一の生 (2/3)  
紀元前50年代 ガリアの森の中で    ロス作


進軍は何日も続きます。オーリンは一番若い戦士として鼻高々です。シープルは、夜みんなが木の下で野営をしている間に狩りに出かけて腹ごしらえをし、朝出発するときには、荷車の袋の間にもぐり込んで、行進の間誰にも分からないようにじっとしていました。周りの景色も少しずつ変わってきました。真っ平らの森だったオーリンの村とは違って木も少なくなり小高い丘が多くなってきました。やっとのことで、ベルガエ全軍の集まる場所にたどりつきました。全軍が集まったのを確認すると、大大将ヴェルシンジェトリックスが号令を発します。さあいよいよローマ軍との決戦の時がきたのです。まっすく北に向かってくるローマ軍を襲うために、地形を知り尽くしたベルガエ軍は高台に向かって行進を続けます。

ベルガエ族の兵士たちのなんと立派なことでしょう。兜の下からは長い赤毛やブロンドの髪がなびき、日焼けした顔はひげで半分隠れて、裸の肩から胸の筋肉のたくましいこと。首や腕には自慢の銅の飾りを付けています。手にもった盾と剣が当たるたびにたてる音があたりの木々にこだまします。

牛の手綱をしっかり握りしめながら、裸のオーリンは荷車の上から得意になって兵士の行進を見ていました。兵士たちもオーリンに気がつくと笑いかけていきます。これだけの軍隊がローマに負けるわけがない、まだローマ軍を見たことがないオーリンですが、絶対に負けない自信がありました。わくわくしてきて、やはり自分の選んだ道は正しかったと思えました。鍛冶屋の仕事などこれに比べれば退屈なものに違いありません。そう思わせるほどベルガエ族の軍隊は立派だったのです。

ベルガエ軍が陣取ったのは、深い森におおわれた小高い丘の上でした。相手がよく見える高い場所から一気にかけおりて攻撃する作戦です。森の木に隠れながら、谷底を進むシーザー率いるローマの軍団を初めて目にしたのです。でも、本当にこれがあの名高い無敵のローマ軍でしょうか。信じられません。ローマ人の小さいことといったらありません。顔は赤く日に焼けて、髪は茶色で全然ベルガエ族とは違います。一人一人なら直ぐにも戦いは終わってしまいそうに思えます。でも、無敵のローマ軍には、その強さの秘密があるのです。全体がいくつかのグループに分けられていて、それぞれが小隊長の命令に規律正しく動くのです。号令一つで、左に右にと一人の人間のように動けるのです。兜から槍、盾、皮のサンダルまで皆同じ格好で、全体が動く姿からは、いかによく訓練された軍隊かが分かります。小隊長は馬に乗り、その後ろには軍旗を持った兵士が控えています。


しかし、血気にはやるベルガエの兵士たちは、ローマ軍の姿を上から見て、もう一気に丘を駆け下り攻撃を仕掛けたのです。斧や剣をかかげて大きな声で走りおりていきます。それに気づいたローマ軍は、行進を止めました。そして、大きな盾を持った一団を一番前に出して、守りの体勢に入りましたます。すきまなくたてられた盾の壁は屈強なベルガエ族の兵士の力でもなかなか破れません。盾に止められたベルガエの兵士めがけて、今度は槍や弓矢がどんどんとんできます。ちいさな盾しか持たないベルガエの兵士たちは、それでも勇敢に前に進んでいきますが、ローマ兵士と戦う前に次々と倒されていくのです。二輪戦車に乗った兵士、馬に乗った兵士も攻撃を仕掛けますが、動きが取れなくなっています。。それでも、ベルガエの兵士は、けがをしても、矢が当たっても前に進みます。引き下がるものなど一人もいないのです。
後にシーザーはローマへの報告書の中で「ベルガエ族はガリアの中でももっとも屈強で勇敢な部族である。」と報告しています。

オーリンは恐ろしくなって荷車から降りて木の陰に隠れていました。知っている村の男たちも次々に丘を駆け下りていったのですが、もう誰もはっきりとは分からなくなりました。槍や弓矢に倒れたのかもしれません。父親の姿を探しましたが、遠くに二輪戦車はひっくり返っていてもう見えません。まだ生きているでしょうか。「あんなに強いお父さんでも槍には勝てないかもしれない。矢に当たってけがをしているかも入れない。」怖くて怖くてふるえが止まりません。おびえている牛たちの手綱をつかんでおくことも忘れてしまいました。丘の下の方からは、一段と大きな声が起こったかと思うと、金属の打ち合う音がこだましてきました。ローマ軍の騎馬兵と歩兵隊も前に出てきたのでしょうか。ここまでローマ兵が上がってきたらどうしよう。もう乗り出して見に行く勇気もありません。ちょうどその時です。荷車につながれたまま暴れていた牛の顔を大きな蜂が刺したのです。おびえていた牛はもうたまりません。大きく叫ぶと力一杯かけだしました。牛の声ではっと自分の仕事を思い出したオーリンは、木の陰から飛び出して荷車を追いかけました。しっかり牛の手綱をもって、蜂なんかが刺すのを見張っていなければいけなかったのです。オーリンの後ろに着いてシープルも後を追いかけます。
誰も手綱を引かない牛はまっすぐ走って、丘の下へ向かっていきます。その荷車にローマ軍の歩兵隊が気がつきました。そしてその後ろを走ってくるオーリンにも気がついたのです。遠くからは子供かどうかは分かりません。たとえ子供でも、戦場では敵ですから容赦はありません。オーリンの足元に一番目の槍がとんできて刺さりました。後一歩進んでいたら当たっていました。ヒューと音がしてオーリンの右側を矢がかすめました。オーリンはもう怖くて、立ちすくんでしまいました。動けないのです。このままでは、矢に当たってしまうか捕まってしまいます。シープルは追いついて、じっと動けなくなったオーリンのすねにかみつきました。「オーリン逃げるんだ。」

その痛さではっと我に返ったオーリンは何があったか分かりませんでしたが、自分のほうに向かってくるローマ兵の姿を見ると、一目散に後ろの森に駆け込みました。それからどこをどう走ったか分かりません。目からは涙があふれて止まりません。村で待っている母親やジッタのことを思いました。ローマ兵に向かって丘を駆け下りた父親の姿を思い出しました。シープルはどうしているだろう。しっかりネズミを捕っているだろうか。シープル?実はシープルはずっとオーリンの後を追いかけているのですが、オーリンには何があったか分からないのです。
このあたりの森は村の平らな森とは違い、起伏があり深い谷もあります。滑りやすく何度も転びそうになりましたが、息を切らせて走り続けました。もう足も動かなくなってよろけた時、足がツルに引っかかってオーリンの体は宙にポーンと浮いたかと思うと、今度は木と木との間をすりぬけて、谷に向かって真っ逆さまに落ちていきました。何も捕まるものがなくて、オーリンにはどうしようもありません。ずるずると谷の底まで落ちてしまうかと思ったその時、倒れた大木の枝にぶつかってどんと横に放り出され、やっと、柔らかい草むらにひっかかり止まったのです。


「アイー!」木にぶつけた太ももと手の擦り傷がひりひりします。体を起こして自分の落ちた場所を見たオーリンは、痛さをすっかり忘れてしまいました。そこは、大きな黒い蛇が眠る巣の上だったのです。かま首をオーリンの方に持ち上げて、一杯に口を開け牙を見せています。オーリンもよく知っているのです。それはガリアの森にいる、子供たちから一番怖がられてる毒蛇でした。かまれると大人でも生きていられません。自分から襲うことはありませんが、ちょっとでもいたずらをされようものなら、恐ろしい牙で相手を襲うのです。寝ているところをじゃまされた毒蛇は機嫌が良くありません。こんなに大きな毒蛇を見たことがないオーリンは、また動けなくなってしまいました。もう最後だと思いました。毒蛇が牙をむいてオーリンに襲いかかったその瞬間、後ろから追いかけてきたシープルは蛇に飛びつき、首にがぶっとかみつきました。蛇とシープルは一緒に草むらに落ちました。蛇は苦しくてぐるぐるとシープルの体に巻き付いて締め上げますが、シープルはかみついた首を離しません。森の中で何度も蛇と戦ったシープルはどうすればいいか、よく知っているのです。蛇がぐったりするまでそんなに時間はかかりませんでした。

でもオーリンには、まだ何が起こったのか訳が分かりません。誇らしげにシープルが帰ってきても、それがシープルとは気がつかないのです。しりもちをついたままのオーリンのお腹に飛び乗って、シープルはゴロゴロとのどを鳴らしました。
「シープル!シープル!」
これでオーリンにも何があったのか分かったのです。二度も危ないところをシープルに助けられたことに気がついたのです。涙を流しながら、オーリンは強くシープルを抱きしめました。やっと、気持ちが落ち着くと、オーリンははっきり決心していました。
「シープル、僕は戦士にはなれないよ。考えてご覧。怖くて隠れている間に、牛は蜂に刺されて暴れ出すし、逃げて落ちたところが毒蛇の巣の上だなんて。ベルガエの森の戦士にはなれないんだ。これはきっと、女神「FREYA」が教えてくれているんだよ。僕はやっぱり鍛冶の細工の仕事をするために生まれてきたんだ。」そう決心するとオーリンは、気持ちがすっきりとしました。涙の後をふいて立ち上がりました。
「女神のおつげに逆らうことは出来ない。さあ、家に帰ろう。」


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