| 一週間が過ぎ、いよいよケルメスの日がやってきました。あちらこちらに旗がかけられて、今日は年に一度のたのしいお祭りです。城の前の広場では、朝早くから行商人たちが露天を開いて客が集まっています。芝居や遊技、踊りのための音楽隊、曲芸師などありとあらゆる見せ物もやってきました。大きな木の下には、食事のための台も並べらて楽しい食事が始まっています。町の人だけでなく、遠くからも大勢の人が集まってきていつもの何倍もの人出でにぎわっています。 城の前には、木の板の台が組まれて、天幕が張ってある下には、司教や伯爵、町のお役人などが座る立派な椅子が並べられています。ここで道化師の考えた計画が発表されるにちがいありません。でも、シープルたち猫にとっては今日は特別いそがしい日なのです。お祭りのための特別なごちそうをピエールに運んでやらなければなりませんから。とくに、この日のために作る米のお菓子を持っていけば、ピエールはどんなに喜ぶことでしょう。 教会でのミサが終わると、司教と伯爵を先頭にした一団が城の前の壇上に腰を下ろしました。ラッパに続いて、太鼓がうちならされると、身動きできないくらいに集まった群衆からも大きな歓声が起こります。みんな何が起こるのか知りたくて、うずうずしているのです。その時です。城の物見の塔の一番高い窓から、道化師が半身を乗り出し、しんとなった群衆に向かって叫びます。 |
「今日はケルメス、特別な日だ。みんなよぉく聞け。伯爵様から特別なご褒美がたくさん用意されておる。これから投げるものを拾った者は、城の者に申し出よ。金や銀など、おまえ達が見たことのないようなご褒美じゃ。どんなに小さなかけらでもいいぞぉ。」そう言うと、窓から布の袋を差し出しました。遠くからはよく聞こえませんが、ああ、その中からは連れて行かれた猫たちの泣き声が聞こえてくるのです。道化師は、袋の中へ手を入れると、最初の猫を首根をつかんで引き出しました。 群衆は、はっと息をのみました。道化師の手から離された猫はぎっしりと集まった人々の頭の上に落ちていきました。 大きな叫び声が上がると、人々は地面に落ちた猫をぐるっと囲みました。その後ろから一人の男が走り出たかと思うと、さっと死んだ猫を拾い上げました。そして、 「伯爵様、これは私が拾いました。さあ、褒美を、褒美を。」 と叫んだから大変です。どんなに小さなかけらでも褒美がもらえる、と聞いた人々は、男から猫を奪い取ろうと必死に手を出します。それを見ていた道化師が、次の猫を遠くに投げ出しますと、今度はそちらで猫の奪い合いです。その後は、もう地獄のようです。伯爵の褒美に目がくらんでしまって、これまで大事に扱ってきた猫をみんなで殺してしまったのです。 人々の様子を見た司教は満足していました。長い間ガリアの人々の間では、猫は女神「FREYA」の使いと考えられ、大切な動物として扱われていたのです。その猫を殺すということは、女神「FREYA」に対する信仰を捨てることになります。これでキリスト教の勝利がはっきりしたのです。年に一度のケルメスの日にその証を見せたことで、伯爵は司教を満足させ責任を果たすことが出来ました。これで、やっと安心することができます。もちろん、道化師も伯爵からたくさんの褒美をもらうことができたのです。 恐ろしいケルメスの日から、しばらく時が経ちました。実は、人々はイエスや聖母マリアに祈るのと同じように、女神「FREYA」や他の森の神たちへの祈りを続けていました。しかし、猫たちは町に出かけるのが怖くなっていました。夜そっと出かけたり、人のいないところを探して歩いたりするようになったのです。そんなシープルたちの喜びは、なんといっても元気になったピエールと一緒に過ごすことです。前よりもずっとたくさんの猫が集まってくるようになった地下牢では、ビエールが大きな声で歌います。猫の言葉は分かりませんが、ピエールには気持ちが通じます。真っ暗な中で楽しい歌を歌っては、大きな声で笑います。 牢の番人もジメジメした一番深いところにある地下牢には、めったに行きません。食べるものもなく、死んでいるはずのピエールを見に時々おりていくのですが、ピエールの声が聞こえてくると途中から引き返します。いつまでたってもピエールは生きているのです。その上、ある時は歌を歌い、またある時は笑ってもいるのですから普通のことではありません。不審に思った牢番は、兵士たちに頼んで一緒に地下牢へ降り、鉄格子の向こうにたいまつの火を向けました。するとどうでしょう。たいまつの光の中に見えるピエールは元気に生きていて、らんらんと輝く目で見返すのです。門番たちは、おどろいて声も出ません。 その話が伯爵の耳にもはいってきました。もうとっくに死んだはずのピエールがまだ生きているというのです。食べるものも飲むものもなく、そんなに長く生きていられるはずがありません。その秘密を探ろうと、伯爵はこっそり地下牢におりていきました。すると、鉄格子の向こうの真っ暗闇の中からピエールの歌がはっきりと聞こえてくるのです。 「主は私をみちびいてくださる、何を不自由することがあろう。主は私を緑の牧場におみちびきくださり、私の杯をいっぱいにして下さる...」 神様が食べるものをあたえているという意味です。朗々と流れるピエールの歌を聴き、伯爵は一瞬で青ざめ胸の前で十字を切りました。 「誰か、早くたいまつを持ってこい。そして、この鉄格子を開けてピエールを牢から出すのじゃ。」 その声を聞いて、猫たちはピエールの周りから隠れました。牢番たちは、急いで鉄格子をあけると、ピエールを光の中に連れ出したのです。ずっと暗闇にいたために、ピエールの肌は真っ白になっています。その上白いひげもますます長くなっていますから、目がきらきら輝くともうこの世のものとは思えません。神をたたえる歌を歌うピエールは、神の力だけで生き続ける聖人にちがいありません。神の奇跡以外に説明のしようがないのです。 「おお、聖なる人よ、どうか私のために祈って下さい。」 伯爵は、ピエールを地下牢に閉じこめたことを深くわび、それからは城で一番いい部屋をこの奇跡の人にあたえ、死ぬまで最高のもてなしを続けたのです。 ピエールが80歳で亡くなると、遺体は城の礼拝堂に安置埋葬されました。その墓の前には、聖人に対するように、いつもろうそくが灯されています。そして、人間が誰もいなくなると、今度は猫たちがやってきます。猫たちにはいつまでも、ピエールが歌ってくれたたくさんの楽しい歌が聞こえてくるのです。 |
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