第三の生(2/4) 「夢を捨てるな」  
1200年代 イープル繁栄の陰で        ロス作


ニコが母猫に見つかった次の日は、大変なことが起こっていました。

シープルは目が覚めるといつものように弟たちを起こして朝の散歩に出かけようとしたのですが、弟たちは巣から離れようとしません。ねずみ取りからかえってきた母親もつついて起こそうとするのですが、ぐったりして動かないのです。
次の日の朝は、もう出かけているはずの母親も今日はお腹が痛いとじっとしています。お腹の空いたシープルは、おっぱいをねだりますがどうしたことか、一滴も出ません。
「ママ、お腹が空いたよ。ネズミを捕ってきてよ、お腹が空いたよぉ。」
何度も母親を起こそうとするのですが、弟たちと同じように息も弱くなってくるし、目も鼻もじっとりしていて、全然動かないのです。みんな同じ病気にかかってしまったのです。
シープルが怖くなって震えはじめたころ、倉庫のドアがそっと開いたかと思うと、昨日は来なかったニコが入ってきました。そして、猫たちの様子を見てびっくりしてしまいました。その時、ずっと動かなかった母親が何とか立ち上がったかと思うと、シープルの首根っこをくわえてニコの方へふらふら進み、その前に投げ出しました。そして、その場にばったり倒れて死んでしまったのです。

「おいで、ちびちゃん。」ニコはそっとシープルを抱き上げました。
「もう大丈夫だよ。おまえのお母さんはあんなに人間を怖がっていたのに、おまえのことを僕に頼んで死んだんだ。みんな、猫は悪魔の使いだっていうけど、僕は信じないよ。親方にだって、おまえを見せるもんか。そうだ、今日からおまえのことをシープルと呼ぶね。おまえは僕の弟だよ。」


ニコの親方は、ヨブという名ではたおり職人でした。


イープルの町で盛んだった毛織物業にはたくさんの職人がいて、それぞれの仕事仲間がギルドと呼ばれる組合を作っていました。まず、イギリスから海を渡って羊毛がフランドルの街に輸入されます。次にこれを糸に紡ぎ、色を付け、ヨブのような機織り職人が生地に仕上げ、毛織物商人が売りさばくのです。イープルをはじめフランドル地方の毛織物はヨーロッパでも最高の品質と言われ、大変よく売れたのです。しかし、その富は大きな毛織物商人が手に入れ、職人達の生活は決して楽なものではありませんでした。機織り職人は、自分の家を職場にして、少人数で骨の折れる仕事をしていたのです。


ヨブは正直者で大変まじめな人でした。毛織物会館にほど近い小さな家で、妻、生まれて間もない娘、そして見習いのニコと住み生地を織ってやっと暮らしをたてているのです。家の中は一部屋だけで、中の大部分は機織りの機械で埋まっています。寝る時間以外は、ほとんど機械に向かって仕事をします。毛織物商人の注文した日までに仕上げないと一銭も賃金がもらえないのです。親方も奥さんもニコも一日中必死で働きます。ニコはこの親方が好きで自分の父親のように慕っていましたが、周りの人間はヨブを変人扱いしていました。

ヨブは誰彼なくいつも繰り返して言います。
「いいか、今に見ていろ。俺は金持ちになってやる。こうやって人の布地を作る人間じゃなく、これを着る人間になってやるんだ。俺を友達にしておいて良かったと思う日がきっと来るぞ。」
機織り職人の苦しく貧しい暮らしを知っているものは皆、ヨブをあざ笑い、だんだん誰も相手にしなくなってきました。奥さんも不幸な人です。ヨブのような貧しい人間と結婚しただけでなく、隣近所から笑われるのですから。夢のような夫の話を聞くたびに耐えられなくなってきていました。
でもニコだけは、親方の言うことは全部信じたのです。
「そうだ、ニコ。絶対に夢を捨てちゃあ、いけないぞ。夢を持たない人生なんて意味がないじゃないか。」



第三の生(1/4)


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