「イープルの猫物語」 
プロローグ 又は 九番目の生として(1) ロス作


それは、5月のはじめ「猫祭り」のちょうど2日前のことです。今年8歳になる少女アネミーは、クラスの友達と練習を終えて、うきうき踊りながらかえって来るところでした。今年は、はじめて行列に参加できるのです。くるくる何度でも廻ります。なぜって、猫の王様シーぺルの廻りをかこむ子猫の役に決まったのですから。柔らく輝く黒いビロードの子猫の衣装には長い尻尾も、とんがった耳もちゃんと付いています。お祭りの日には、ちっちゃな子供たちにボンボンをたくさん投げてやろう、みんな喜ぶだろうな。さあ、早く帰ってお母さんに教えてあげよう。ビロードの肌触りって最高。あんなに長い尻尾がどうしてたれないかってことも。今までにこんなにうれしいことはありませんでした。

でも、アネミーが家に帰ってくると、とんでもないことが起こっていました。一人っ子のアネミーの一番の仲良しは飼い猫のミヌーでした。遊ぶときもいたずらするときもいつも一緒でした。そのミヌーが、その日の午後スピードを出しすぎた車にはねられてしまったのです。すぐに獣医さんが駆けつけましたが、もう何もできませんでした。ミヌーは永遠にこの世から去っていったのです。
最高に幸せな気持ちで家に帰ってきたアネミーを待っていたのが、こんな悲しい知らせだなんて。アネミーは一度に悪夢の中に突き落とされてしまいました。こんなことが本当に起こってしまうなんて、信じられません。朝、行って来ますと言って、分かれたばかりなのに。アネミーには、死んでしまうということがどういうことかよく分かりません。いつも一緒に笑ったり泣いたりしてくれたミヌーがいないなんて...。ひとりぼっちになってしまったなんて...。

「ミヌーがいなくちゃいや、私も死ぬ。」アネミーが泣き叫ぶので、お父さんもお母さんも心配でどうしていいか分かりません。新しい子猫を買うと言っても、大好きなおやつを持ってなだめてもだめです。慰めればそれだけ泣き声は大きくなってくるようです。それでも、泣き疲れてやっとベッドに寝かしつけることができました。お父さんもお母さんも一安心して、そっと部屋を出ていきました。
でも、アネミーは寝着いたわけではなかったのです。ひとりぽっちのベッドも枕もひんやりとして、とても眠れません。昨日まではミヌーがのどを鳴らして一緒に寝ていたのですから。30分もするとアネミーはそっとベッドから這い出して、つま先立ちで家を出てしまいました。どこへ行こうというのではありません。一人きりになって、誰にもじゃまされずに思い切り泣けるところへ行きたかったのです。

いつの間にか、アネミーの足はさっきまでみんなと「猫祭り」の練習をしていた毛織物会館に向かっていました。会館は真っ暗でもう誰もいません。猫のぬいぐるみや大きな旗やパレード用の楽器、衣装がきちんと整理されて、部屋一杯に並んでいます。お祭りはもう直ぐなのです。アネミーは、少しだけ開いている窓を見つけると、押し開けて、そうっと中に入り込みました。

毛織物会館はアネミーの家が何十軒も入りそうな大きな建物です。何百年も前のものなのに、教会の天井よりもずっと高くて、どんなに大きな恐竜だってゆうゆう入れます。その大きな壁に立てかけられているのは、巨大な猫の王様シープル、それから猫の女王、そして猫の王子。それに続いているのは、誰でも知っている昔の英雄たち、ゴッドフロア、ゴリアテ...。月に照らされて、壁に長くのびたそれらの陰は、物言わぬパレードの主人公たちよりも、さらに大きくてより静かなパレードを続けているようにみえます。
アネミーは王様シーペルの足元で壁にもたれるように座り込みました。膝に頭をうずめて、泣きました。やっと一人だけで、ミヌーのことを思いながら、思い切り泣くことができるのです。


 プロローグ(2) 

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