アントワープ  ノートルダム(聖母マリア)大聖堂

ノートルダム聖堂のルーベンスの傑作といえばやはりこの2点。絵の前の椅子に座って、フロマンタン作「オランダ・ベルギー絵画紀行」を読みながら鑑賞するのもいいですね。こんなにすばらしく贅沢な時間の過ごし方ができるのもベルギーならではのことです。なおこの本は文庫本でも出ています。オランダ、ベルギーを旅行するときは必携の本と言えます。
絵の前のカプションには日本語のものがあります。出口売店にも教会と絵のかなり詳しい日本語のガイドブックがあります。
ここでは、新約聖書の「ヨハネの福音書」から絵に関係するところを抜き出してみます。必ずしも、絵の場面と一致しませんが、他の福音書もあわせて読んでみて下さい。

イエスは自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」というところへ向かわれた。そこで彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして、両側に十字架につけた。ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に架けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。 .....
イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロバの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です。」と言われた。それから弟子にいわれた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。
十字架建立 1610年 中央パネル拡大できます
その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人達は安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ビラトに願い出た。 ...イエスの所へ来てみるとすでに死んでおられたので、その足は折らなかった。しかし、兵士の一人が槍でイエスの脇腹を刺した。すると直ぐに血と水が流れ出た。 ...

その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人達を恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいとピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。そこへ、かつてある夜、イエスの元に来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜたものを百リトラばかり持ってきた。彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。 ...
キリストの十字架降下 1612年 中央パネル拡大できます


ノートルダム聖堂 ゴシック建築の教会としては、ベネルクス最大のものです。                  
緑の広場から聖堂を。 西側入り口正面
123メートルの塔はどこにいても目に入ってきます。
ステンドグラスは16世紀から20世紀のものまでいろいろ。
売店。 教会前の広場にはよく大道芸人が出ています。銅像に混じって変な人がいるのが分かりますか?